「きいろい目」
きいろい、すきとおった、きれいな目。
俺と同じ色のはずなのに、あいつの目はまるで違うと、ずっと思っていた。穏やかさだとか優しさだとか、俺には足りないもので満たされていたからか。
そう、いつだってその目には穏やかな光があった。内側に秘めた思いは何であれ。
以前、わがままを言って困らせたことを覚えている。
もう決まってしまった事で、くつがえす事なんてできないってわかっていたはずのことに対して、ずいぶんひどい言葉をぶつけた。一方的にだ。
その時さえ、荒れている俺をなだめるように抱きしめながら、あいつはその穏やかな目で微笑んでみせた。
後のことはよろしく頼む、そういったあいつの目からは、傷口に巻いた包帯に血がにじむように、悲しみや諦めが透けて見えていたけど。
表向きを取り繕うのが上手い。そういう印象を抱いた。
そしてあいつは去り、それから二度と会うことはなかった。
そのきいろい目が、今、まっすぐこちらに向けられている。驚きで大きく見開かれて。
再会するとは、あいつも思ってなかったのだろう。
ただ、以前と違って穏やかさという薄皮が剥がれ落ちてしまっているその目からは、あいつのむき出しの心がはっきりと見えた。
普段は水底で渦をまいている重たい感情。それが浮かび上がった目から放たれる視線は、受け止めるのがやっとで、そらすことなんてできない。
俺が受け止めていなければ、あいつは自身の感情に押し潰されてしまうのではないか。そんな目だった。
何か、口に出すべきだと思った。何か、何か言葉をかけてやるべきだと。久しぶり、だとか、会いたかった、だとか。
しかし数百年ぶりの再会だ。俺はあいつのきいろい目を、そこに溢れる感情を、呆けたみたいに見つめることしかできない。
指一本動かせない。こんなに自制を失ったあいつを見るのは初めてといっていいだろう。
自身の感情をむき出しにしたその目は、だからこそ怖くて、そして美しかった。この崩れそうな均衡を保ったまま、ずっと見ていたい。
全てをさらけ出したあいつを見てみたい。そんな気がなかったと言えばうそになる。
先に動いたのはあいつの方だった。
「あの、お、大倶利伽羅、だよね?」
震える声で問いかける。こわばった顔で、笑顔を作って。
ああ、その目は激情をうつし出しながら、午後の日差しをきらきらと反射させて、昼間だというのに猫の目みたいに光っている。
俺はその光に射すくめられて動けないままだ。
俺は待ち続けていた。きいろい目をしたあいつのことを。
肉体を授かり、人としての人生を与えられてからずっと。再び戦いに明け暮れる日々に戻ってからずっと。ずっと待ち続けた。
しかしあいつは現れなかった。
共に戦うやつらの中には、見知った顔もちらほらいたが、そこに俺の求める姿はなかった。
新しい仲間が加わると聞くたびに、もしかしたらと期待をし、そして期待は裏切られ落胆する。その繰り返しの日々。
誰かが言った。大倶利伽羅、あいつはきっと来られないよ。だって燃えちまったんだろ。
でも。ここに集められた連中の中には、本体の在処が不明なやつだっている。だったらあいつだって来てもいいはずだ。
その希望が俺の支えとなり、あいつのいない日々を何とかやり過ごしてきた。
しかし、叶わない願いを抱き続けることは心を疲弊させる。痛ませる。
それに耐えられなくなりつつあった俺は、願いをないものとすることで、自分の心を守るすべを覚えた。
肉体をもったとはいえ所詮は刀、モノだ。モノに感情は必要ない。刀は目の前に立ちふさがる敵を切ればいい。それだけだ。
いつのまにかそう思うようになっていた。戦場では目につく敵を片っ端から切り捨てる。全てだ。
相手を全滅させるまで引くことをしない俺に、周りの奴らは色々と忠告をした。捨て身で戦うな、とか、そんなんじゃ死ぬぞ、とか。
誉を取ることも多い代わり、手入れ部屋へ直行になることも多い俺は、戦力として頼りにされる一方で、問題児として煙たがられもした。
そんな生き方をするようになって、どれほどの時間が過ぎただろう。
希望もなく、ただのモノとして生きることに慣れてから、どれくらいたったのだろうか。
今、自分が捨てたはずの希望が、手の触れそうな距離にまで近づいて、すぐそこにある。
「泣かないで、泣かないでよ」
あいつの、低く柔らかい声が、俺を現実に引き戻した。
俺は泣いているのか。言われるまで気づかなかった。その目にみとれていたから。
あいつは、きいろいきれいな目を優しさと穏やかさで満たして、微笑んでいる。ついさっきまでの激情がうそのようだ。
あいつの手が伸びてきて、その指が俺の頬のしずくをぬぐう。
昔と変わらない繊細な動き。あいつに触れられている、それだけでからからの心に、足りなかったものが満たされていく。
もっと触れたくて、その腕をつかんで引き寄せると、待っていたようにあいつは腕の中にすっぽりと収まった。変わらない。昔と変わらない。
「ずっと、あんたが来るのを待ってたんだ、もう来ないんじゃないかって思ってた」
「遅くなってごめんね。心配かけたよね。ほんとはもっと早く来たかったんだけど」
喜びのあまり無意識に腕に力がこもってしまい、苦しいよ、大倶利伽羅、とあいつは苦言を漏らした。
戦いの意味や、その行方なんてどうでもいい。今再び、あいつの存在を、熱を、こうして感じられること。今はそれで十分だった。
「もう、どこにも行くなよ」
「もちろんさ。ずっと君のそばにいるから」
互いの唇のやわらかさを確かめあった後、こんな言葉を交わした。
これが絶対だなんて思わない。果たされない約束となることだってあるだろう。でも、今はこの気持ちが全てだ。俺はその時自分に誓った。
このきいろい目の男を二度と手放さないと。