「傘」
ようやく探していた姿を見つけ、僕は安心で気が抜けそうになった。
土砂降りの中、こちらへ向かってくる浅黒い肌の男。見間違うはずがない。
僕は大声で名前を呼びながら、駆け出して行った。
近づくほどに、彼がひどい有様であることが分かって、血の気が引いていく。
雨の中、傘もささずにいるのだからびしょ濡れなのは当然として、全身血で真っ赤に染まっているのはどうしてか。もしかして、また単騎決戦に臨んだのか?しかもこんな日に。
今日は視界不良だから戦闘はしないって長谷部君たちと決めたはずだ。なんでこんな、こんな大雨の日に。
「ちょっと、大丈夫!?怪我してない?」
「問題ない。ほっとけば治る。」
傘を差しだした僕の顔は、きっと驚くほど情けない顔だったのだろう。利き手と反対の手で傘を受け取る彼は、さっきまでの硬い表情を少し崩していて、いつもより柔らかい口調だ。
「問題ない。ほっとけば治る。」
よく見れば彼の体の傷はどれも浅いもののようだ。ほとんどは敵を切った返り血なのだろう。よかった、無事だった。
「でも、一体どこに行ってたんだい?急にいなくなるからびっくりしたよ。しかもこんなに血だらけになって戻ってきて。また単騎決戦でもしに行ったの?」
安堵感からか、今度は少し怒りがこみあげてきて、責めるような口調になってしまう。
「あれだけ単独行動はするなって言ってるよね?倶利伽羅君が強いのは知ってるけど、みんな心配してるよ」
「悪かったな」
いつもの硬い表情に戻った彼に発作的に怒りがわいた。僕にすら今日の行動の意図を話してくれないことに。他の子たちに接するみたいに、心にシャッターをおろしたような態度をとることに。
思わず彼の肩をつかみ、その目をじっと見つめる。
「本当にそう思ってるの?」
視線が交わる。僕たちの目は同じ色をしている。他の部分は全然違うけど、目だけはそっくりだ。兄弟みたいに。
僕が真剣に怒っていることを悟ったのか、彼の表情が変わるのが分かった。
「今日はこれを取りに行ってたんだ」
「え、これって」
彼が差し出したのは玉鋼のかたまりだった。
「これが足りないんだろう。今朝、手入れ部屋で話しているのを聞いた」
「そ、そうだけど。でも」
今度は僕が驚く番だった。
昨晩の夜戦で、負傷者が続出したのだった。重傷者もいて、手持ちの資源は底を尽きかけている。特に玉鋼が足りない。普段はぼんやりしている審神者がめずらしくあわてて、あちこちに連絡をしている姿を見た。結局、資源は明日中には何とか手配できる見通しがたったのがついさっき。彼が出かけた後のことだ。
「一応資源は明日中には届く予定なんだ。でも、これがあれば今日中には重傷者の治療もできるよ。ありがとう。」
こみあげてくる何かを抑えながら、できるだけ穏やかな口調になるように努めたつもりだ。
いつもの僕らしく。そうだ、体裁を整えなければ。だって彼は僕らのことを思って。
「礼には及ばない。すべきことをしたまでだ」
だめだ。無理だ。僕は自分を抑えられない。溢れだした感情は止めるすべがない。
「でも、でも何で一人で出てったんだよ!言ってくれれば僕は一緒に行ったし、他の刀たちだって来てくれたかもしれない。一人で出てくなんて、勝手だよ」
彼の胸にすがって、こんなに取り乱すなんて。みっともない姿をさらしていることはわかっている。でも、この気持ちを知ってほしかった。
「僕が、僕がどれだけ心配したか。もし、君が今手入れ部屋で苦しんでいる子たちみたいな姿で帰ってきたらと思うと、もう、何も手につかなくて。ああ、こんなに騒いで、みっともないよね、僕」
「そんなことはない」
そっけない言葉に反して、口調は温かかった。
「お前をそんなに心配させたとは思わなかった。ほんとうにすまない。」
「ただ、俺にはこういう生き方しかできない」
彼はもともと、一人でいることが多い男だ。無口であまり本心を明かさないし、気が向けばふらっといなくなる。一人で戦場に向かい、一人で帰ってくることも多い。そのために、本丸では彼の評価は二分していた。実力がある頼れる男だという者もあれば、扱いにくい勝手な男だという者もある。
しかし。
何も話さない、説明しないから誤解を受けるが、大倶利伽羅は、決してただの勝手な男ではない。一見勝手と思える行動の中にも、今回のようなことがしばしばある。そのことを知っているのは、決して多くはないだろう。
彼には傘が必要だ。そう思った。彼の不器用な生き方、不器用な心を世間から守るための。そして、傷ついた時に、帰ることのできる場所、傷をいやす場所としての傘が。
二人でずぶ濡れになりながら、僕はその傘になれたらいいと思ったんだ。