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「告白」
 
 
その言葉を伝えた相手がきょとんとして、何を言っているのか分からない、という表情を浮かべた時、ああ、失敗だな、と思った。
そもそも口下手な方だ。だから、うまい言葉がみつからなくて、気持ちをそのまま吐き出した。飾り気のない。そのままの気持ちを。
受け取った方は迷惑だったろうか、今は驚きの表情に変わっている。
言葉の意味をようやく理解したのだろう。その見開かれた目がこちらに向ける視線が、さっきから矢のように突き刺さって、痛い。
何でもない、忘れてくれ、そういって取り消そうか。
しかし、自分の本当の気持ちを裏切るような真似をしたくはない。相手にも失礼だ。一体どうしたらいいのだろうか。

俺が慣れないことをして逡巡している間にそれは起こった。
最初は何が起こっているのか分からなくて、抱きつかれていることに気付いたのは数秒後のことだ。
「僕もだよ」
耳元でそうささやく低い声。俺を優しく包み込むように回された腕は温かく柔らかだ。
混乱と安堵、喜びがぐちゃぐちゃになったような気分になって、あふれだした気持ちのやり場に困った俺はとにかく目の前の相手を抱きしめたのだった。

「あの時はびっくりしたな。倶利伽羅君の方から告白してくるなんて」
光忠の言葉にうろたえつつ俺は言葉を返す。
「そんな話、何故いまさら」
俺の反応が面白いのか、あいつはくすくす笑っている。恥ずかしさで死にそうな気分だ。

時々、昔話をすることがある。共通の思い出とか、光忠が去った後の伊達家の話だとか。
今日はよりにもよってあいつは俺の下手くそな告白の話を持ち出してきた。
こそばゆくなるのでできるだけ別の話題に速やかに移りたいと考えている俺は、さっきから少し居心地の悪さを感じながらその話を聞いている。
「いきなり話があるって言われたからさ、正直いって何か怒らせるような事でもしたのかな、って心配になったんだよね。だって、当時の君、今よりちょっと怖い雰囲気だったし」
そうやって俺を茶化して光忠は笑う。
恥ずかしさで布団を頭からかぶってしまいたいのを必死でこらえていると、さらに続ける。
「でも嬉しかったのは本当だよ」
そういいながら、こちらを向く。目が合う。さっきまで熱を交わした余韻が残る、黄色い目。
「あんまり好かれてないのかなって思ってたんだ。だって君、僕が話しかけてもいつもそっけなかったし、一人でいたいってよく言ってたし」
「それは、嫌だったわけじゃない。」

俺はあまり話すほうではないが、他人の話を聞くのは嫌いではなかった。聞き上手ではなかったが。
一方、社交的な光忠は、伊達家に来てから様々な刀たちとすぐに打ち解けた。
一人でいることの多い俺にも色々と話しかけてきたのを覚えている。
最初は実をいうといけすかない男だと思った。調子のいい奴に見えて。
しかし、そうやって愛想よく振る舞う仮面の内側が、時々透けてみえる時があった。
その本心、心の奥底がちらりと見えるたび、さらにその奥を見たくなる衝動に駆られた。
もっとあいつのことを知りたくて、気づけばあいつを目で追うようになった。
その衝動が、その奥の心を手に入れたい、自分だけのものにしたいという執着めいたものに変わるのに時間はかからなかった。
それが、恋というものであることに気付くのはもうしばらくしてからのことだ。

「あの時、そうじゃないってわかって、好きだって言われたの凄くうれしかったけど、でも驚いちゃって」
言葉を切って、すこしはにかむような表情を浮かべた。
「だから、最初は頭の整理がつかなかったよ」
そう話す光忠は、大切な宝物について語る子どもみたいに幸せそうだ。
その顔を見ていられるなら、あまり触れられたくない話題にのってもいいかと思わせられる。
「あの時の気持ちは今でも変わらない。いや当時より更に強くなったかもな」
そういって、あいつの身体をそっと抱きよせる。大事なものだから、そっと。

腕の中の綺麗な男が今でも大切であるのは本当だ。一度は失いかけたもの。それをこうして今抱いていられるのは何物にも代えがたい幸せだ。
「あれからずっと、俺はあんたのことを愛し続けてる。たとえこの先何があっても、これからも、ずっとだ」
俺の言葉に、光忠は一瞬きょとんとした顔になる。まるで初めて気持ちを伝えた時みたいに。

「急にどうしたんだい。今の言葉、まるでプロポーズみたいに聞こえるよ」
少し照れたような笑みを浮かべて、光忠もささやく。
「僕もだよ」