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金色のひかり
 
 
暗闇の中、ほのかに光る金色に気づいたとき、これで三度目か、と思った。
光忠の背中の跡のことである。
本体が焼けてしまったせいなのだろうか、人間として再会した彼の背中には火傷の様な跡があった。
右の肩甲骨の辺りから左下の背骨の真ん中あたりに向かって、赤黒いかさぶたのようなものが島国の地図のように広がっている。
服を着れば隠れるような位置なので、本人はそれほど気にしていないように振る舞っているが、見た目を気にする彼のことだ、口で言うほど気にしていないわけではないだろう。
こういう傷跡に効くとかいう軟膏を何度か塗ってみたこともあるが、それほど効果はなかった。そして、それは時々痛み、彼を苦しめていることも知っている。

その、傷跡が光っていた。
光忠は眠っている。左側を下にして寝ている彼の、寝間着の右肩の辺りから光がにじんでいる。
起こさないように慎重に、右肩の襟の辺りをはだけると、やはり確かに、金色に光る傷跡があった。
決してまぶしい光ではなく、はかなくぼんやりとした、柔らかい光だ。
内側からにじみ出るようなその光は、ごわごわとした傷跡を金色の光を放つ鉱物のように変えて見せる。
しかしあくまで光自体は弱かった。暗闇の中でこそ光だと認識できるような。そう、傷跡が光るのはいつだって夜だった。

最初に見たのはいつだっただろう。確か、飲み会でひどく酔っ払って部屋まで帰ってきた時だった。
光忠は飲むのが好きなくせに結構酒に弱いから、ろくに動けなくなった彼を寝間着に着替えさせた、その時だった。
赤黒い傷跡が、ぼんやりとその存在を主張するようにあわい光を放っている。最初は自分が酔っているからそう見えるのかと思った。でも、確かに光っている。

「なあ、背中の傷跡、金色に光ってるぞ」
酔ってるから、思ったことをそのまま口に出してしまう。
光忠は、とろんとした蜂蜜みたいな目でこちらを見返した。
潤んだ目は、その傷跡みたいに金色に光っていて、きれいだと思ったことを覚えている。
「え、ほんとに?」
「ああ、あんたの目みたいに」
「見せてよ」
数分後、姿見の前に座らせ、合わせ鏡で写し出した背中を見せた時の表情は忘れられない。
酔いが過ぎて真っ白になった顔に驚きで見開いた目の金色が映えて、そこに、普段感情を取り繕うことの多い彼の、素の感情がむきだしで現れている。
まったく予想外のことだったのだろう。おそらく彼の嫌っている傷が、今、こんなにきれいな光を放っていることに。

「あの跡が、こんなふうに見えるなんて。僕ちょっと飲み過ぎたかな」
「飲み過ぎてるのは確かにそうだが、あんたにも見えるなら、これは幻覚じゃなくて、ほんとに光ってるんじゃないか」
そう言った俺に、何とも不思議そうな顔をした後、彼は姿見の前に突っ伏してしまった。
やれやれ、と思って俺は布団まで彼を運んだ。

それから、このことが二人の話題にのぼることもなく、二回目は訪れた。
しばらくじめじめとした日が続いていて、すっきりしない天気だったことを覚えている。
夜中にふと目が覚めると、光忠の様子がおかしいのに気付いた。
夜はまだ肌寒い時期だというのに冷や汗をかき、顔に浮かぶ表情は険しい、
「おい、大丈夫か」
声をかけると、ごめんね、大丈夫だよ、という声が返ってきたが、声の調子から大丈夫でないことが伝わる。
「大丈夫ならそんな顔しないだろ。どうしたんだ」
そういって近寄ると、少しばつの悪そうな顔をしながら、彼はこういった。
「ちょっと、背中の傷が痛んでね」
「見せてみろ」
何かできるような技術なんてない、でも、何とかしてやりたくて、そう口に出してしまった。光忠は、素直に着ていた寝間着の肩をはだけた。

まただ。この金色は。この柔らかい光は。
先日の飲み会の後の事が脳裏によみがえる。
この間と同じように、金色に光る傷跡があった。
ぼんやりと頼りなく光る傷跡は、何だかとてもきれいで、痛がる光忠のことを考えなければずっと眺めていたい。そんな魅力があった。
しかし、目の前で苦しんでいる恋人を放っておくことなどできない。
その苦しみを何とかしたいと試行錯誤したが、結局俺が光忠のそばにいることが、抱きしめて俺の存在を感じさせることが、試した様々な事の中で一番彼が安心することだと気づいた。
それからは、傷跡の痛みがぶり返すたびにそうしている。それから何回か痛みの発作があったが、傷跡が光ることはなかった。

そして、三度目が今だ。
今日は、どうということはない一日だった。俺たちは、夜、愛し合った。それだけだ。
光忠の傷跡が光ることに何らかの規則性はないのかもしれない。この傷は彼を時々苦しめるが、時々この世のものではないような、ぼんやりと美しい光を放つ。
俺が知っているのはそれだけだ。そして、おそらくこの光を知っているのは、俺と光忠だけだろう。光忠は忘れているかもしれない。
でも、それでいい。とにかく、この光はきれいだ。
落ち着いた表情で眠る光忠を見ながら、俺もまた、眠りについた。